親子留学 10年目の軌跡は奇跡

これまでのオーストラリア母娘留学生活の記録とこれから始まるアメリカの大学受験準備の様子を記録するブログ

カナダからの手紙 第2弾!! 🇨🇦UBCスカラシップ合否発表です

カナダ バンクーバーに所在するUniversity of British Columbia  の合格通知は早い段階からいただいておりました

ですがうのママ親子にとって大学の合否よりも重要なのがスカラシップの合否でしたね!

 

UBC のスカラシップの結果が届いています

では発表いたします

 

ふう〜 (‾。‾)

 

 ナンマイダブツナンマイダブツ………(*>人<)(>人<;)

 

え〜いっ

ヽ(ヽ>ω<)ヒイィィィ!!ヒイィィィ!!(>ω<ノ)ノ

クリックっ!

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ちろっ (o>艸・)

 

Congratulations ………マヂ? +。゚(o゚д゚o)゚。+ イィノ?

 

あっ受かっ、、、受かっ 受かっ

 

(((p>o<q))) ギャアアア!!!

 

やっやっ

やったああ‼︎!ヾ(≧∇≦*)/=3=3=3

 

                  ε=ε=(ノ≧∇≦)ノやったああああ!!!!!!

 

ゆっ夢じゃないよね?

 

落ち着け

         落ち着け

 

落ち着けてちゃんと読んでみないと、、、

次のページ、次のぺージと、、、

 

Σ( ̄□ ̄!)えっ?

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w|;゚ロ゚|w ヌォオオオオ!!

 

全額免除キターああああっ!

 

 \(≧∇≦)/\(≧∇≦)/

 

しっ信じられませんっ

9回ツーアウトからの逆転劇!

ドラマのような『奇跡』が起ってますっ‼︎‼︎‼︎

 

ギリギリ……

ほんとギリギリで…

待望のゴール1コ決めてくれました(T▽T)

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実はこのスカラシップはMeritとFinancial Aid混合だったんです

申請用紙には親の収支や預貯金そして親が年間に支払い可能な金額を記入する欄があってね

日本に帰国したらすぐ就活するつもりだけどそう都合よく就職できるとも限らないんだけどすぐ働きに出るとして年間5,000カナダドルとかなら払えるかなぁってカンジで記入していたのです

 

でもこのレターみると

0ドルってなってる。。。

 

ってことは

すなわち

 

うのママの支払いは……まさかのゼロ

 

これは夢か幻か

 

とっとりあえず

祝杯

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ぷは〜っ( ´ ▽ ` )

おいしいいいぃ〜!!

近所の焼き肉屋さんで昼間っから酒盛りでーす

こういう時ってね、もっともっと嬉しいって感情が溢れ出てくるのかと思っていたんだけどうのママの場合、体の力が抜けてしまって脱力感?興奮のあまり体が硬直して筋肉痛?単に飲み過ぎ?しんどかった記憶しかないんです

娘となにを話したのかも記憶に残ってない……

 

ああ〜カ〜ナダ〜〜〜🇨🇦

 

バンクーバー

 

縁を感じるなぁ〜

 

というのもですね

じつはバンクーバーってその昔、うのママが若かりし頃ワーキングホリデーで初めて長期滞在した街なんです

ワーキングホリデーがカナダ、オーストラリア、ニュージーランドの3カ国だけだった時代です

なぜカナダ、バンクーバーだったかというと異国、外国人、英語に興味しんしんだったうのママの3つ違いの姉がワーキングホリデーでバンクーバーに行っててね、ホテル代が浮くわという理由から姉のところにちょっと遊びに行ったんです

その時に姉からこのワーキングホリデーというプログラムが30才までということ聞いてとくに外国暮らしも英語にも興味もなかったんだけど与えられた権利を行使しないのはなんか損した気になって姉につづいてバンクーバーへ、という経緯なんです

ワーキングホリデーっていってもうのママは働く気はなくて姉妹であちこち旅行するつもりでバンクーバーに渡ったんです

あっ

うのママ当時はビンボーじゃなかったんですよ!

バブル時代でしたからね

 

旅好きの姉に連れられてバンクーバー周辺、BC州の観光地はあっというまに制覇し空路でモントリオールケベック、お約束のナイアガラの滝も行きました。足延ばしてアメリカのデイズニーワールドにユニバーサルスタジオ、年初に話題となった新型コロナウイルスのプリンセスクルーズでアラスカに行ったり、、若い頃は色んなところに行ってたんです、姉の行きたいところですけどね(^-^;

さあ次はどこに行こうかと計画を練っていたところにひょんなことからカナダ人の女の子のナニーとして働くことになりワーキングホリデーらしくワーキング開始、姉妹の放浪の旅はここで終了

 この美しすぎる母娘と住むことになります↓

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 ナニーとは住み込みのベビーシッターでオーストラリアではオーペアっていうのかな?

噂ではナニーとは名ばかりで子守りだけでなく家の掃除や洗濯させられて家政婦扱いされるって耳にすることが多々あるのですがうのママは運が良かったのかな?

当時2才の女の子と遊ぶだけ

ステキな部屋を提供され食べ物飲み物も食べ放題

自分で食べたいもの(和食)作りたい場合は必要な材料伝えたら調達してくれてましたね

掃除も洗濯も自分の分だけ

ベビーシッターする時間もママさんが仕事から帰宅する5時半くらいまで

ちょっと遅くなったら残業代よって余分に支払ってくれて。。

残業っていっても夜7時半にはベッドで寝かしつけてたから一人でテレビ観てくつろいでるだけなのに。。。

家賃ゼロ食費もゼロ、シッター代は奮発されて、、いい人過ぎ

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当時はホント英語話せなくてね

オムツ交換するのに寝転がってもらうこと lie down っていうこともオムツのことdiaperっていうのもこの時に覚えたんですから、、、まぁ日本の県立高校までの英語科目ではこのような単語習っていないので知らなくて当然といえば当然なんですが振り返って考えると一体どうやってコミュニケーションとっていたんだろう??って思いますね

言葉が少ないぶん心が通じあっていたのでしょうか、すっごいなついてくれてね〜

毎朝トコトコ部屋に来ては私が起きるの待つこと日課にしてました

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地味にうのママの登場です(注)23年前

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あまりにも懐いてくれるもんですからお別れ(ワーキングホリデー満了)を告げたときは号泣されてね〜

日本に一緒に行くっ‼︎‼︎

・。・゜゜・(≧◯≦)・゜゜・。・

抱きつかれてしがみつかれて

こんなに泣かれるなんて予想していなかったので母親と顔見合ったことも今も記憶に鮮明に残っているんです

そしてワーキングホリデーから7年後

まさかの再会をはたすんです

娘も一緒に

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再会できたこと自体が感動ものなのにうのママの事覚えているっとかって言ってくれちゃってね〜

今度は私の番って娘をずーっと面倒みてくれるの

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 娘の言葉(英語)が出始めてた頃でちゃんと英語を理解している様子にも感動したこと思い出します

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音楽に合わせて踊ったり、人見知りする娘がすぐ打ち解けててビックリしました

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楽しい思い出が詰まったバンクーバー

ご縁があったとしかいいようがありません

うのママうれしすぎて頭が変になりそうです

ハラハラドキドキの連続で生きた心地しませんでしたが遂に遂に全額免除で娘が入学できる1校確保に成功いたしました!

これまでの気苦労なんて一気に吹っ飛びました

1校決まってくれさえすれば残りのスカラシップの合否結果やアメリカのWaitlistの大学の繰り上げ合格が来るか来ないか心に余裕を持って待つことができます

 

やっと肩の荷が下りました( ´ ▽ ` )