親子留学 10年目の軌跡は奇跡

これまでのオーストラリア母娘留学生活の記録とこれから始まるアメリカの大学受験準備の様子を記録するブログ

英語教育中の親子の使用言語

今日はANZAC DAYという戦没者慰霊の日で学校は休校です

このANZAC DAYは第二次大戦後で亡くなった方々の冥福をお祈りするセレモニーで毎年各所で行われています

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夜明け前に厳かに始まるDawn Service

ウチの目の前がこのエリアの開催地です

オーストラリアに来たばかりの時はこのアンザックデイのこと全く知りませんでした。このANZAC DAYをオーストラリアで迎えるのも10回目となり、そして最後になります

ほんと月日が過ぎるのは早いもんです

 

早いといえばうのママも人の親になってもう17年になるねぇ〜

17年かぁ〜

長いような短かったような。。。。

人それぞれ感じ方は違うと思いますが、うのママの感想をいえば短く感じたほうかな。

だってね、、17年間でたしかにお座布団くらいの体の大きさだった物体(娘)が自分と変わらない背丈に到達し私と変わらぬ目線の高さからこの世を見据え時には社会情勢なんぞの意見交換したりしてるなんてなにげにすごくないですか? 1人の人間の進化を遂げる様を真横で見届ける事は人類の神秘をみているようで感動的なことなのかもしれません

 

あっ、ちょっと大げさすぎました?

 

身体的な成長ぶりも目をみはるものがありますがそれ以上に劇的進化を感じたのは『言葉』だったんじゃないかと思いますね

 

だって17年前って娘はたしかに自力で体を動かせなかったんです。寝返りできない食べることもできないどんな動作も要介助、口から発声するのは泣き声か笑い声で言葉ではなく音のみ。。当たり前ちゃ当たり前のことですがそれがたった17年ですよ、

 

偉大なる母上さまをも論破するほど

口が達者になってまーす ┐(´~`;)┌

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さて気を取り直して

今日はその言葉、言語についてうのママの経験をお伝えしたいと思います

うのママは娘が生まれた時に決めたことがありましたね

それは英語を習得させること、すなわち娘に英語教育をすることでした

昨今、小学校から授業に英語が組み込まれる時代に突入して英語という言語に敏感なご両親も増えてるかと思います

 

安易に英語教育なんてやっちゃって大丈夫?

子供との細かなやりとり意思疎通とかどうするの?

結局どっちの言語も中途半端になるのでは???

  

何事も始める前はゴールがみえないので不安がつきまとうものです

お察しいたします

うのママも当時は同じ気持ちでした

英語環境なし、親の言語日本語オンリー、県立高卒、駅前留学英会話教室経験なし

ぶっちゃけ海外生活10年経った今も英語に不自由しているうのママですが英語教育始める時に心に誓ったことあります

それは

娘とは短いセンテンスでいいから途中で日本語単語を混ぜない、とにかく英語文で話すこと

このこと心がけました

これだけです

それはうのママが娘と日本にいる時も、英語圏の外国に滞在しているときでも、周囲が日本人だらけでガン見されようとも、周囲が外国人だらけのネイティブスピーカーの前であろうと、うのママは娘とのへんてこりんな日本人アクセント英語での会話をつらぬきました。

意外と外国人の方が移民に慣れてるせいかヘタな英語の会話が聞こえてきても気にならないようです

日本のほうがいちいち反応されるのでウンザリすることもあったかな。

 

とにかくうのママは英語教育を始める上での明確な目標を設定し、この目標、ゴールに辿りつくまで英語教育ぜーったいやめへんどっ!ヽ(`□´)ノと強く心に決めて日常会話集や旅行に役立つ会話集の本を片手に今日使う予定の会話例を暗記しては娘に英語で話しかけ続けました。長い英文は覚えきれないので、短いセンテンスを組み合わせてたの箇条書きいえ箇条言いのロボットトークみたいなカンジだったと思います

うのママの英語力って今もそんなもんです( ̄∇ ̄)

 

うのママが覚えたてホヤホヤの会話例を駆使し娘に英語で話しかけたとしても当時の娘の返事は「ばぶぅー」でしたけどね(^_^;)

 

ただただ無我夢中で突っ走ってきた17年間の英語教育を振り返ってみて1つ発見したことありました

 

それはなにか

 

うのママって類まれな忍耐力の持ち主であったということでーす( ̄∇ ̄)

 

 

今まさに子育て真っ最中のママさんがたぁ〜

 

“子育て”と“教育”はなんといっても長期戦!

『辛抱』

これしかないです

この辛抱し続けることが唯一の必勝法!

でありますっ( ̄^ ̄)ゞ

参考になったでしょうか?

では今日はこの辺で(^-^)/〜

 

 

あっ! そうでした

 

いま現在の娘との会話の使用言語についてでしたよね

 

それがですね〜

 

なんと申しますか。。

 

とっ〜ても不思議な現象が起きているんです

 

 

うのママ、このように英語習得を最優先してきて今日に至っております。親子の日常会話は短くても日本人アクセント英語でも日本語混ぜない英会話継続してきました。不器用ながらもセルフ英語環境を作ってきたんです。本当に全力で。娘の英語力がうのママの納得できる域まで達するまでとにかく徹底してきました。なので娘は純日本人の親に育てられた純正日本人子女ですがオーストラリアに来た当初、日本語は全く話せませんでした。いえ、日本語を知らなかったというほうがいいかもしれません。これ本当です

運良く娘が通いはじめた学校に日本語の授業があってね、日本語をオーストラリアで習うという奇妙な状況ではありましたが今まで封じていた日本語に触れるいいきっかけになるわっラッキー!

日本語覚えるチャンス到来!しめしめ

と思っていたんです。

でもね、世の中そうそう自分の思い通りにいってはくれません

娘は一向に日本語には興味を示しませんでした(T_T)

でもこれはしょうがないかな、日本語に触れさせなかったわけだから。。

日本語には無関心な娘でしたが留学2年目の小4で成績トップを皮切りに常に上位の成績キープし続け、特に英語は学年トップでした(←小さい頃から本をよく読ませてました。小4の愛読書はハリポタ) 世界の公用語である英語ができればなんとかなるさと日本人だからという理由だけでの日本語の無理強いはしなかったんです。めんどくさいし。。いつか必要に迫られた時に考えればいいやってね。日本語なら習いに行かなくてもうのママ日本語堪能ですからね!とくに焦りはしませんでしたしバイリンガルという複数言語の習得には興味ないほうなので放置です

 

 のんきなもんです

 

それがですよ

ある日のことでした

あれは確か娘が中3だったかな2016年頃と記憶しています

突然娘が日本語で話しかけてきたんですっ

ウソみたいに聞こえますがホントの話なんです

冗談でなくほんとある日突然、

日本語に切り替わってるんです

 

最初は娘の学校の小3からの日本語の授業が優れていてその積み重ねが今溢れて出してきたのね〜などと思っていたんですが、、、この怪奇現象学校の日本語の授業の成果ではなかったのです

 

いったい何が起こったというのか!

 

なぜ娘が突然日本語を!?

 

この不思議な現象はどこから。。。。

 

この謎が判明しました

 

それは娘の友人たちが日本のアニメに夢中になったことが原因だったんです

なんか日本のアニメがブームになってて一緒に鑑賞し始めたことがきっかけみたいなんです。←アニメには英語の字幕もついてます

 

日本語理解可能→友達から尊敬の眼差し→カッコイイ( ̄+ー ̄)

というのが娘のなかで芽生えたんでしょう

 

時同じ頃、娘はバイオリン通じて学校外の友達も急激に増えてきた時期でね、バイオリンはじめ弦楽器やピアノなどの楽器を習ってるのはとくにアジア人が多くて日本人(永住)とか日本ハーフとか日本のサブカルチャーが好きな台湾、中国、韓国とか大勢知り合いができたんです

そのアジアンなコミュニティで娘はおそらくこう感じたのかもしれません

 

アレっ?日本人って世界から憧れられてたりする?

 

それからはあっというまでした

 

母と娘の会話の言語が英語から日本語に変貌を遂げた瞬間です

それはあまりにも突然に

そしてなんという開放感ヽ(´▽`)/

すんばらしい〜

娘とのロボットトーク英会話の呪縛からようやく解き放たれました

 

日本語話せるようになった今もなお英語は今も学年トップ維持してまーす

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 めでたしめでたし

この急展開もひとえに日本のサブカルチャー人気のおかげです(^-^)おそるべし日本のアニメ(漫画)

日本語読み書きできひんけどね(^_^;)

 

 

オーストラリア出国まであと227日